立ちあい出産は夫婦の絆を深める

立会い出産が流行りだしたのはいったいいつ頃のことだろう。最近はほとんどの夫が出産に付き添い、妻のお産に立ち会うのではないだろうか。                                                            分娩室に入って、陣痛に苦しむ妻の腰をさすり「フーフー」とラマーズ゛法の呼吸を一緒にしてくれる優しい夫もいるはずだ。ビデオをも持ち込んで妻の出産の瞬間を撮り、生まれたての我が子をビデオに収めたいと思う夫もいるだろう。 しかし、果たしててそこまでする必要があるのだろうか?                                                昔は自宅出産がほとんどで、いよいよ生まれるとなると、助産婦さんを父親が迎えに行った。車で?いや自転車で?いや人力車で?いったいいつの時代の話だっちゅうの!とにかく父親は迎えに行き、かまどの大鍋で産湯に使うお湯を沸かしたはずだ。そして、奥の部屋で陣痛の苦しみに耐える妻を、心の中で「がんばれ」と呟きながら、かまどの脇で時間をつぶして産声を待ったと思う。                                                            何でもかんでも昔が良かったと言うつもりはないが、こと出産に関しての父親のスタンスは昔の方が、黙って男はサッポロビールじゃないがかっこ良かったと思う。                                                仕事が忙しいと三人の子供の出産に我関せず、生まれてだいぶたってから呑気に顔を出した呑気な男は、何年も、きっと死ぬまで「あんたは最低の男だ」と妻に言い続けられるに違いない。別に分娩室に入って来なくても、立会い妻の生みの苦しみを共有するべきだ。